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深度三,三三糎の心の海から湧き出ずる毒ぼやきの数々。
 
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周回遅れも良いとこですが貯まってた大河ちょっとだけ消化しました。
本当に清盛と後白河院の落飾シーンとか法会と遮那王周辺しか見てませんが…。
 
……清盛の入道姿は、解っていたけれど、本当に酷い
 
主人公がこんな惨めなことになっていて本当にいいんですか、NHKさん。
 
◆清盛に限りませんが、このドラマの入道達の法衣ってまず
『何だか解らない』のです。
それじゃ何かといって、まず裾のあたりを見て、襞の入り具合で判別しようとしたのですが、襞自体が見つからない。
それで生地を見るのですが、赤色で織り模様で地文が入っている、という時点で『袍裳』しかない、
しかしやっぱり、袍裳にあるはずの裳──の襞が見えない。
 で、辿り着いた結果が、袈裟だけでなく裳(プリーツ状の巻きスカートのようなもの)まで取った袍裳…という…。。。
まさかそこまでやれるほど末期だとは思っていなかったのですが…。
もしかして、裳がセットということすら知らないのかも…ありそうで怖い…。
 
それから、多分、この時代他に赤色のものがある法衣というと素絹(弁慶などと同じもの、半素絹)なのですが、こちらは生地が粗い麻で、透けます。もちろん無地。簡素な生地でなくてはならないので赤錦なんか論外ですけど…。
 多分、赤素絹と、本来高僧の着るべき袍裳の中でも最も高位の色である赤の袍裳を混同してしまっているのだと思います。清盛がなんか作業に加わって腕まくりをしていましたが、あれは素絹でよくやることです。
 
 それで、袍裳なのだとしたら袈裟がないのは、余計におかしい。
常用にする下の方の装束ならともかく、

そもそも盛装が前提の装束なので、袈裟も含めて一式です。

外すことに意味はないし、ていうか…宗教的な意味とか、そもそも…考えてないよね…?

これが宗教者の衣っていうこと自体、飲み込めていないのでは?
 
 ただ、この「袈裟がなくておかしい」という自分の感覚が、口ではあまり巧く伝えられないので
他の装束と比較してみようかと思います。
 袍裳は高僧の盛装で、法会の時に着る物です。
比較するのは俗人の盛装である束帯
それから、現代の盛装であるモーニングです。
先日内閣改造がありましたが、皇居での認証式や写真撮影での内閣の面々のモーニング姿は御記憶に新しいかと思います。
 
清盛の法衣比較
 
法衣の袈裟なしは束帯の袍なし、モーニングの上着なしといったところかなと思います。

新大臣がこの風体で認証式に臨んだり、組閣記念の記念写真の列に加わったら
どんだけ顰蹙買うでしょうね?
まあさすがにそれだけで政権倒れたりはしないと思いますけどw
それと同じ事を清盛たちはしているっていうことなのです。
 
そういう無茶苦茶な意味不明なことを

「おしゃれ(笑)」と平気でいいのけてる。

そういう問題じゃないんですけど………。
 
なお裘代は参内用の装束で、俗人の宿装束(とのいしょうぞく)にあたります。衣冠や冠直衣などです。
 モーニング(morning dress)は昼間の盛装で、晩餐会など夜間の行事には燕尾服(evening dress)を着用しますから、裘代=燕尾服、ってしちゃっていいのかな…。
 
まあ、普段着に何を着てようと別にかまやしません、
ただ、TPOを考えてくれんかという話です。
せめて、せめて宮中や御前に侍るときくらいは、なんとかならんものでしょうか。
 
 
 
◆あと、清盛が首から懸けてる長数珠、よく見たら宋銭が編み込んでありますね…。
イラっとするなあ…。
こういうのって実際あったんでしょうか?三途の川の渡り賃? 
 
気持ち悪い襟巻も、今までの僧形で巻いてたからわかっていましたけど…
これって、帽子(もうす)を頭から外して、首から懸けている様子を思い切り曲解したもののようなのですが、普通白だし、綾地とか、ないから…。
しかも、茶色の誌公帽子を、帽子を首に掛けているのにもかかわらず、頭に被る。
たぶんこのまぬけさが、さっぱりわかっていない。
…大体、それ、当時日本にあったんだろうか。
宋にはあったのかも知れないが、臨済宗のものだしなあ…。
 
 
◆事前に「落飾式に袈裟が出てきた」と聞いたのでかぶりつきで見てましたが、
 
たしかに七条袈裟が初めて出てきました。

でもなんで、座主は最初から袈裟着てこないんだろう…。
しかも修法終わったらわざわざ袈裟外して出てきた。
列席してる清盛はやっぱり袈裟無しだし。
 
で、
七条袈裟が出てきたのは、清盛剃髪と、法要、後白河落飾の3シーン。
 
ただし柄から見て、全部同じ袈裟。
 
天台座主が別場面で二回同じ袈裟を着てるのはいいとして、
叡山と敵対しているとわざわざ言ってある三井寺の長吏が同じもの着てるって……
 
…いかにやる気がないかがわかる…。
 
いや、別に、覚忠×明雲ロミジュリでこっそりお揃い袈裟仕立てて
お互いを偲んでたっていう設定でもいいんだけど…。
その場合は絶対明雲が面倒くさい絡み方をしたな。
『衲(アタシ)とお揃いなんかお厭かしら?やっぱり猊下(アナタ)も若い稚児(コ)がいいのね』とか。
なんかもう自分で縫っちゃってるかもな袈裟。
 
だいたい、これまでも七条袈裟を着用するべきシーンは何度もあった。
帝の平癒のための護摩。参内する宋僧。
 
今までさんざん存在を黙殺してきて、それでなんで今回だけ出すんだ?

やっぱりレンタル?
五条袈裟なんかほぼいつもかけていたっていいんだよ。
気持ち悪い銀色豪華裘代とかの仕立て賃で五条袈裟お買い上げしてください。
 
 
◆遮那王の御師様の懸けてる袈裟(絡子)も、この時代まだ存在しません…………。
 禅宗のものだから…まだ日本に禅宗来てないから…。
 ほんとに何も調べてないんだね……………。
 
◆遮那王も白上下の水干ってさあ……またテーマカラー(笑)なんだろうけど、
白張とか牛飼童とか、白上下がトレードマークの職業があるんですけど。
 
しかも菊綴なしとか、超地味だからやっぱ牛飼童にしか見えません。
院政期なんか、華美な童水干着せ放題でしょおおおお!!!???

稚児を飾り立てないでどうすんの……!!!????

こ…こ…言葉にならない!! 
ほんとなんでこのドラマこんなに勿体ないことばっかりするの????
 
 
◆あと、お師様を「僧都」って、どこから出てきたんだろう…。
『義経記』だと、まず、義朝さんの御縁で鞍馬別当東光坊の阿闍梨の許へ預けられて、夜中のひみつ特訓がバレて、もう坊主になれと言われたところを、こんな可愛いのに剃るなんて勿体ないでしょっ!?て、覚日坊の律師様に拾って貰うんですよね。
『平治物語』のほうだと、最初から東光坊阿闍梨蓮忍…の弟子の禅林坊阿闍梨覚日の弟子となる、ってなってたけど、僧都ってことは覚日坊の律師(か禅林坊覚日)ではないみたいですね。そうすると、この人は鞍馬別当東光坊蓮忍ってことになるけれど、鞍馬の別当は僧都位相当なんでしょうか。(僧都っても大から権少まであるけど)
 
 どのみち『僧都』をどこから拾ってきたのか不明。
 なぜ蓮忍や覚日の名を拾わなかったのか。
 今までも散々あやふやなことしてるのに。
 
◆あと、清盛の落飾に身内が驚いてるのも白けるが…
叡山の座主呼んであれだけの坊主揃えて落飾式したのに身内が何にも知らないの???
普通に病床に呼んで剃って貰ったとかならともかくさあ。
 時子が一緒に落飾したのを美談みたいに言うのも、それ、当時は別に当たり前だから…。
 
◆滋子は妙なタイミングで描眉になってたが…
この、眉のこともすごく「ただの化粧」みたいな捉え方なんでしょうね。
裳着の時に入れるものだから成人女性の象徴なんだとか、関係ないんでしょうね。
 ほんとになぜ彼女だけあそこまでグロテスクにされなきゃいけないのか…。
 老けメイクはなおざりな癖に、なまなり鬼とかおはぐろとか、グロメイクだけは頑張るよね。


 
 なんかなあ。
 清盛や海賊さんたちや平家の公達の私服は悪趣味だとは思うけれど、それは自分とは嗜好が合わないだけのことで、自由にしてもらって構わないと思います。
 全部完全に史実に則してなきゃダメとは言いませんし、そんなんだったら最初からドラマなんか見ていません
 
 ただ、平安時代を扱う上で有職故実(服装に留まらず、日常作法、儀式典礼、官職位階、足の運び方から宮殿の建築まで、あらゆる事に及ぶ規定慣例)を軽視するという事は、そも平安時代を描く意義すら危うくすることじゃないでしょうか。
 それが、彼らの世界を形作る大きな柱のひとつだったからです。
 キャラクターを造り動かす上で、個人や社会の価値観を考慮に入れないなんてことありますか?
 
 だからせめて、要所要所で「ここだけは守らなきゃだめ」というコアだけは押さえて欲しい。
ただその為には当然ある程度知識は必要だと思います。
 その上で、当時の人々の価値観について考慮して頂ければ、どこに力点を置けばよいのか、
自ずと定まってくるものだと思います。
 
 今回の大河は、まずその作業が欠けているのではないでしょうか。
 有職装束に対する知識ゼロ、
おそらく大雑把にイメージできる範囲すら異国の方以下の貧しさ、
というところからスタートしておきながら、
いきなりマイナー装束おしゃれアレンジ(笑)に走ろうという蛮行を、誰も止めなかったのでしょうか?

 そもそも有職装束に必要なのは

 『コーディネイター』であって、

 『デザイナー』ではないのでは。

 少なくとも己のエゴを主張しなきゃ死ぬとでも思っているような、
その為に過去の遺産を蹂躙しまくったことを蒙昧にも公に喧伝して恥じないような困った人ではなかったのでは。

 
 本当に残念です。


[袈裟・法衣の目次]
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モーニングおじさん面白すぎ♪
2012/10/25(Thu)23:28
はじめまして。あまりの巧みなイラストと面白すぎるたとえ話に思わずコメント。
しかし・・比較図の束帯だと、現代ならU首シャツにステテコ、靴下はきではないかと!! 勿論宮中どころか、ホテルのロビーにもはいれません。それほど「清盛」はひどいのですか?大河ドラマ見てないから知りませんが、後白河さんの赤い陣羽織?みたいなのは、ちょっと写真かなんかで見て、は?って思っていmしたけれど、記事jを丹念に読むとこれも描いておられましたね。水ら祭も結局読みふけってしまいました。あまりに御面白いので、また時々来ます。分かり易い図解、本当にうれしいです。
乱読おばさん URL 編集
はじめまして。コメントありがとうございます!
2012/10/26(Fri)22:01
ステテコですか(爆笑)
束帯もまだこの下に下袴や帷子などありますし、さ、さすがにそこまでアラワではないと思いますが(まだ笑っております)
どうにかこの「いやいやそれで公事とかムリだから」というのをわかりやすく表現したくてひねり出したものですので、例えがお気に召しましたら本望でございます~。
ついでにみづら祭もお読み頂いたとのこと、嬉しいです!


大河は、さすがに十二単、束帯などは崩しようがないものなので、普通に見えますが
(ただし院政期特有の強装束などは無視、むしろ萎装束、TPOや季節感はない)
そうでないものについてはかなり不思議なことに…。
まさに「は?」と首を傾げたくなるようなものが多いです。
法衣や袈裟については一番扱いの悪い部分だと思います…orz
今までの大河では普通に出来ていたレベルのことなので、かなり衝撃でした。
堂主逆名 編集
無題
2012/12/12(Wed)00:00
宋銭の首飾りは今回の物語の中で大事なアイテムのひとつです。
襟巻きは貧弱になりがちな首もとにアクセントを加えるためのものだそうです。
れんこん 編集

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無駄と斑の腐渣。はぐれ腐。
らくがきと調べ物が趣味の
古典寄り歴史ヲタク。

中古日本史、東洋史、仏教史(仏教東漸期の東アジア、平安密教、仏教芸能、美術、門跡寺院制度等)、有職故実、官職制度、風俗諸相、男色史。古典文学、絵巻物、拾遺・説話物。

好きな渡来僧:婆羅門僧正菩提僊那、林邑僧仏哲
好きな法皇:宇多法皇
好きな法親王:紫金臺寺御室、北院御室
好きな平氏:重盛、経盛、敦盛
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好きな:挿頭花と老懸を付けた巻纓冠
好きな結髪:貴種童子の下げみずら
好きな童装束:半尻、童水干
好きな幼名:真魚(空海さん)
好きな舞楽:陵王、迦陵頻、胡蝶
好きな琵琶:青山、玄象
好きな:青葉、葉二
好きな仏像:普賢・文殊(童形)はじめ菩薩以下明王、天部、飛天(瓔珞天衣持物好き)

やまとことばも漢語も好き。
活字・漫画・ゲーム等、偏食気味雑食。

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