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深度三,三三糎の心の海から湧き出ずる毒ぼやきの数々。
 
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前回記事はこちら:
唐代の幞頭とそのバリエーション
幞頭の基本はこちらでご覧下さい。

-taishisyouzou.jpg今回は、伝・聖徳太子像の幞頭を見てみます。

この絵は天武朝ごろのものとされ、
描かれているのが太子かどうかも判然としません。
装束も、推古朝のものではないでしょう。
日本のものではないのでは、という説もあるようです。

けれどもここでは、
「おそらく日本でもっとも認知度の高い幞頭」
としてこの絵を取り上げました。

少なくとも、「これが太子でもおかしくない」と後世の人が認識したということは、
高貴な姿であるということだし。

taishi_bokutou.jpg

太子の幞頭は…
  • 四つ脚の幞頭である。後頭部の脚は別布で、結脚している。先は剣先型か(のちの纓は円い)
  • 巾子を包む頭頂部分は先が垂れる。巾子は前傾屈曲していない=先まで身が詰まってない。
  • 平面的な布を折りたたんだと言うよりはやはり袋状になっているように見受けられる。
  • 前頭部はぴったりと頭に沿い、羅地から生え際が透けて見える。 (皀羅頭巾か)
 額際のM字の曲線は、軟らかい生地が額の凹凸に沿う表現であり、こうした形の広縁が合った訳ではないと私は思います。
 また、復元想像図によっては額部分の書き込みから羅を有文としているものがありますが、ここでは皺として扱いました。
 他に気になることといえば、なぜ結脚にしているのか。
 前回記事では「武官がこの形を好んだ」書きました。ただ好みによるもので、制度ではなかったようですが、のちに幞頭が冠に変わった頃には、文官は垂纓、武官は巻纓と分けられました。この絵が描かれた時代はどうだったのでしょう…。


養老律令の衣服令には、皀羅(くりのうすはた)の頭巾(ときん)、皀縵(くりのかとり)の頭巾、とあり、生地によって別があったことがわかります。
なお「幞頭」と「頭巾」とは区別が曖昧です。両方とも訓は「かうふり」だったりします。漆で固めて成型したものとそうでないもの、など、いろいろと使い分けの想像はできるのですが、どうもはっきりしません。単なる勉強不足かも知れませんが…。

『…一品以下。五位以上。並皀羅頭巾。(中略)初位。浅縹衣。並皀縵頭巾。…

皀羅も皀縵も、ともに絹織物で、皀色に染めたものです。

◆皀色
皀(くり)は『水底の泥土のような』黒で、涅とも書き、鉄分を含んだ土や、お歯黒に使う鉄漿で染めたようです。
(余談ですが、衣服令の条項には「烏皮履」「烏油腰帯」なども出てきます。
この「烏」も黒(カラス色)を指す言葉ですが、こちらは表面を黒漆で塗ったもののようです)

◆縵と羅
縵(縑)は固織り(かたおり→かとりの訛)で、通常の平織りで目を細かく詰めて織り、生地が固めになったもので、透けません。
羅とは、通常、平織りなどでは糸の組織が、経糸と緯糸で
  ++++++
  ++++++
と、並行垂直に組まれるものが、
  ─$─$─$─
  ─$─$─$─
のように、糸の一部を捩るもの(捩り織)で、生地は薄く、軽く、透け感があります。
捩り織には羅(ら)紗(しゃ)絽(りょ・ろ)などがありますが、羅はより複雑で、糸の疎密によって文様を織り出すことが出来ます。
ただすべて「うすもの」といったり、特に区別せずに使ったりする場合もあるようです。

羅の方が高度な技術を必要としますから、縵より上等の扱いを受けていたようですね。

【参照:養老令から 衣服令(表)】

ebukuryou_bukan.jpg
武官も描いてみました。
こちらの幞頭は、古い図像ではなく、NHK古代史ドラマの衣装や、復興された行事の写真や動画を参考にしています。

もういっちょ。御像の全身、腰に下げた物体に注目。
ただし横向きや「物が入る」とかはあくまで想像ですので悪しからず。

taishi_hukuro.jpg

衣服令の『袋』というのが気になっていて、『腰佩』でいろいろ見ていたら、
こちらのブログに辿り着きました。→ 【Avant d’oublier】http://bit.ly/16fobyY
腰佩じゃらじゃらの革帯…
石帯の銙(『か』。帯表面に並べて付ける小さな板。四角い『巡方(ずんぽう)』と円い(かまぼこ型)の『丸鞆(まるとも)』がある。 『石』の名はこれに由来する)
って、あんな風に下寄りに穴が開いてるのがなんとなく不思議だなあと思ってたんです。
もともとは革帯貫いて穴あけて、そこに色々引っ掛けていたんですねい。石が帯にあける穴の補強を兼ねていたのかな。

袋については、葛城市三ツ塚古墳から漆塗りの革袋が出土しているようです。
袋って、魚袋のことかとも思っていたんだけど、こっちのほうがわかる気がしますね。
魚袋は魚袋で、身分証明書みたいな札として提げていたようです。


【参考動画】

ドラマはNHKの古代史ものや、今年放送した「アテルイ伝」など。
動画はこちらの平城京跡での宮廷行事イベントなど。

◆【射礼 vol.2】
『2010年10月24日、平城宮跡で行なわれた、古代行事の再現「射礼」』
射礼披露は小笠原流の方がなさってます。

◆【北京鄉射禮
中国での射礼の再現。明代の儀礼書に基づく。
30分過ぎあたりからの第三射は八音(磬・鼓・笙・琴・瑟・簫など八種(八要素)の楽器)による伴奏に合わせて発射。
楽曲は『騶虞(詩経/召南編)』だそうです。
歌はこちらの動画には入ってなかったんですが。

こちらは『鹿鳴(詩経/小雅)』
古琴の弾き語りで。
あと、射手は「袒!」の号令で左肩袒にしてました。てことは交領が決まりなのかなあ。(司射は盤領で袖まくり)

◆【華夏禮射】
こちらはもうちょい簡略版で、マレーシアにて華僑団体によって再現されたもの。装束の時代設定は上の動画より古そう。
◆ 【2013年01月22日 - 華夏禮射 - 星洲网 圖話故事】
ニュース記事。
『弓は儒学生必須教養であった、六芸(りくげい/礼・楽・射・御・書・数 「御」は馬車を御すこと)のひとつ』

なお、これらの動画に関連して、「儒教思想の元での詩と政治の関係」「礼楽思想と雅楽」
などについて、twitterでふわーっとつぶやいたのの まとめ。
◆【『詩経 鹿鳴』から 平安貴族はなぜ歌を詠むか】

◆.【知猫楽 「詩経と律令と礼楽」】 (作成:賀茂史女さま)


【参考文献】(前回記事とあわせて)
▲「四天王寺開創一四〇〇年記念出版 聖徳太子信仰の美術」
  (大阪市美術館監修/東方出版)1996
▲「日本の美術23 結髪と髪飾」(橋本澄子編/至文堂)1968
▲「原色日本服飾史」(井筒雅風/光琳社出版)1998増補改訂
▲「有職故実大事典」(鈴木敬三監修/吉川弘文館)
▲「日本の色辞典」(吉岡幸雄/紫紅社)2000
▲「染と織の鑑賞基礎知識」(小笠原小枝/至文堂)1998

▲「花情曲-はなのこえ-」「恋泉-花情曲余話-」(皇なつき/角川書店あすかC-DX)1991
 唐代服飾資料としての価値も高い名作です。幞頭もいっぱい出てきます。
現在は合本で漫画文庫(潮出版 潮漫画文庫)、特装版(エンターブレイン B’s LOG C)が出ています。
 
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HN:逆名[サカナ]
HP漁屋無縁堂

無駄と斑の腐渣。はぐれ腐。
らくがきと調べ物が趣味の
古典寄り歴史ヲタク。

中古日本史、東洋史、仏教史(仏教東漸期の東アジア、平安密教、仏教芸能、美術、門跡寺院制度等)、有職故実、官職制度、風俗諸相、男色史。古典文学、絵巻物、拾遺・説話物。

好きな渡来僧:婆羅門僧正菩提僊那、林邑僧仏哲
好きな法皇:宇多法皇
好きな法親王:紫金臺寺御室、北院御室
好きな平氏:重盛、経盛、敦盛
好きな法衣:裘代五条袈裟
好きな御衣:御引直衣
好きな:挿頭花と老懸を付けた巻纓冠
好きな結髪:貴種童子の下げみずら
好きな童装束:半尻、童水干
好きな幼名:真魚(空海さん)
好きな舞楽:陵王、迦陵頻、胡蝶
好きな琵琶:青山、玄象
好きな:青葉、葉二
好きな仏像:普賢・文殊(童形)はじめ菩薩以下明王、天部、飛天(瓔珞天衣持物好き)

やまとことばも漢語も好き。
活字・漫画・ゲーム等、偏食気味雑食。

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