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深度三,三三糎の心の海から湧き出ずる毒ぼやきの数々。
 
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大河の後白河さん御落飾記念ということで『上皇御落錺部類』から引いてきました。
といってもいつ録画見るかわからないし、たぶん剃髪シーンなんか一瞬だろうし、自力でおいしいとこを調達…。
 
『兵範記』の引用部分には特に仔細が書かれていますね~。
もう少し法衣について詳しく書いてあれば嬉しかったのですが。

 御剃髪の次第をまとめると、
 
○上皇が御簾内から外の御座につく。
○剃手の僧が御髪を左右二つに分け、紙縒(こより)で縛る。
○御衣(このときはまだ俗服の布袴)の襟をくつろげ、湯帷子を肩に掛ける。
○二人いるうち、上位の剃手がまず左の御髪から剃る。下位の剃手がお湯を懸けて濯ぐ。
 この時、頭頂部をわずかに剃り残す(周羅髪)。
 (剃っている間、梵唄あり)
○紙縒で束ねた二房の御髪は檀紙に包んで、左右を書いた名札を付ける。
○下位の剃手がお髭を剃る。
○剃り終わると上皇は御簾内に戻り、布袴を脱いで法服を召す。
○お召し替えの間にささっとその場をお片付け。
○再びお出ましになった上皇の周羅髪を、戒師が剃り除く。
○法名を定める。(『行眞』は後白河さんが前から決めていたもの)
○戒師が袈裟を授け、法皇は捧げ持ち一拝、一度戒師に返す
○戒師が法皇に袈裟を着せ懸けて、威儀の緒を結ぶ。
○戒師が念珠(菩提樹の実と水晶のもの)を授ける。
○沙弥十戒、菩提戒を授ける。
○法名を授ける。
○法皇が御簾内の御座に戻る。
 
という感じのようです。
後略のあとはまだ御修法が続くのですが、今回は御落飾の部分メインということで。
なお『逆修』とは、生前から自身の冥福の為に供養を行うことです。
 
名が省略されているので付け足し。
当時の大臣は
摂政 藤原基房
太政大臣 藤原忠雅
左大臣 藤原経宗
右大臣 源雅通
です。

凡例:()傍注、(イ)異記、[]割注
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上皇御落錺部類
 
後白川天皇
 
《百練抄》
嘉應元年六月十七日。太上天皇御出家[御歳四十三。]御戒師前大僧正寛忠。法名行眞。自今日被始御逆修。
 
《玉葉》
嘉應元年六月十七日壬寅。時々雨降。今日上皇御出家也。所被始御逆修也。限以五十ヶ日云々。一向被逐保延鳥羽院例也。下官自去正月依所勞籠居。雖尚不快。依爲天下之大事相扶出仕。午前着直衣。[隨上臈冠。]參法住寺殿。候公卿座。先是内府。新大納言[隆季]等在此座。自餘公卿徘徊便所云々。大和國。左府候御前座。已有御出家云々。彼(イ仍)兩人早參。仍被召御前。余内府等遅参故無召云々。頃之少将光能來臨[人々多參御所方。仍招光能。]問云。御布施歟。答云。未事訖。令申御參之由畢(イナシ)事始畢(イナシ)。於着座者。只今不可然同事也。御布施之時可申之由。有其仰云々。卽光能來云。事畢云々。仍余内府已下參御所方。[其所当方御懺法堂也。經□殿南□參也。]先五位院司光長取被物。授大和國戒師布施。次事了。此中有装束二具。前大納言實定。新大納言隆季取之。是保延之例也。奉行成頼卿進云。永治之時於御装束者。大納言上臈取之云々。實定隆季暫相讓之間。左府早可進之由示實定。仍先取之。次隆季取之。次泰經[五位也。]取被物櫃。左府須上臈。次第取了。[相國左府竝歸着御前座了。]次顯方[五位]傳被物。余取之。唄下臈法印憲覺也。着座次第了。次内府已下剃手上臈尊覺取了。内府又着座。次實定已下公顯之布施取了。次各從僧等參進取布施等了。次僧退下。次公卿退各着便所。次打僧集會鐘。次僧等參集。次光能來仰可始之由。之相國示也。成頼云。先例以鐘聲公卿參着也云々。而相國尚入來可仰之由示也。仍仰之。卽相國已下參上着座。次僧侶參。次堂童子二人。[一方也。]盛隆兼光着座。次唄。次分花筥。次散花。次説法。未事了。余依所勞更發退出了。今日攝政早參早出云々。是日來發心地所勞。今日發日和勞之故云々。今日戒師。[三井寺長吏前大僧正覺忠。]唄。[法印公舜。法印憲覺。]剃手。[法印尊覺。法印公顯。]
 
御逆修僧名
 (三)法印禪智。
 (三)憲覺。[但護摩師也。不着座。]
 (三)尊覺。(山)實寛。
 (三)公顯。(山)僧都隆憲。(山)法眼顯智。(三)觀智。
 (山)律師良明。
 (三)法橋實慶。
 (山イ重)尊量。智秀等也。
 
 攝政太政大臣奉行。左府。余。内府。
公卿。
 大納言公保。 隆季。
 實房。 中納言邦綱。
 宗家。 資長。
 兼雅。 成親。
 忠親。 時忠。[此不露見也。]
 参議資賢。 成賴。[奉行。]
 宗盛。 實綱。
 前大納言實定。 前中納言光隆。
 光忠。 非参議俊成。
 俊盛。 實家。
 定隆。 朝方。
 
今日先有御奉書。使成賴(イ卿)。作者俊經。淸書朝方。次御隨還祿。廳官取之云々。將曹以下仰可令候本府之由。重近兼賴等被仰可令候召繼所之由云々。保延之度。此條不被仰。追仰(イ三字ナシ)歟云々。隆季卿語也。隆季又語云。今日御隨等不帶劔云々。未知其故。又内府不帶。
 
《兵範記》
嘉應元年六月十七日壬寅天陰。今日太上皇令遁世給。御年四十三。追鳥羽院例。此四五ヶ年雖有御願。于令遅引。宿善期至。令逐素懐給也。於法住寺御所御懺法堂有其儀。兼奉仕御装束。其儀。御懺法堂西面母屋并南(西カ)面兩面廂懸御簾。鋪設莊嚴具見指圖。
院司修理大夫俊成卿。左少將光能朝臣。兼日奉仰致其沙汰。且隨御所便宜。且准保延七年例所奉仕也。
今朝左中弁俊經朝臣持參御報書草。院司右中弁長方朝臣奏聞。[入莒。]卽令皇后宮權大夫朝方卿淸書。御覧了又給長方朝臣。納朴函以檀紙四枚。[各重二枚。]褁立押合。前後結中如常。表褁了又進上。次修理大夫賜之。令院司權中納言成親卿被獻内裏。判官代藤原光章給莒主典代大藏少輔基兼於中門外又給函相從。權中納言引率判官代主典代逐電参内。於大内頭中將相逢奏御報書。次内乱納御厨子。次權中納言以下歸參。報書使進發之後。長方朝臣賜御隨身祿。左右將曹秦兼任兼國各六丈絹四疋。府生秦賴文中臣延武各同絹三疋。番長秦公景兼宗各同絹二疋。主典代等取之。近衛六人各手作布二段。廳官取之。修理大夫仰云。各可候本府。次將曹以下退出。
御報書事。永治例。右少弁朝隆奉行。左中弁顯業朝臣草之。右少弁朝隆淸書。院司權中納言家成卿爲御使。
 今度作者淸書御使。併爲彼子息。吉例相叶。自然之前表也。
今度御報書有裹紙。其上巻禮紙二枚。又巻一枚。次入莒以檀紙四枚[各重二枚。]裹之。結中如常。巳刻。攝政殿太政大臣。[忠。]左大臣[經。]右大臣。[兼。]内大臣。[雅]以下。納言。前納言。參議。散三位廿六人參入。依召殿下令參御前給。有御對面。次殿下令退出給。日來令煩發心地給。已有御氣色云々。
午刻。前大僧正覺忠。[香染法服令着衲袈裟。]法印公舜。同憲覺。尊覺。公顯。[已上四人宿装束平袈裟。大僧正以下作五人宿房遠。又依別仰自去夕參宿近邊。大僧正令宿熊野御精進屋鄺給。參上御所之間。乗手輿。從僧歩行。]參上暫被候西廊。
未尅。上皇自東廊御所渡御西面御所。[御装束布袴。]先御坐母屋簾中。次太政大臣。左大臣。依召候御前座。次被召僧徒。前大僧正爲戒師。公舜。憲覺爲剃除。此外法橋實慶。阿闍梨眞圓。同源猷。爲勤雜役祗候北廂障子外。[大僧正以下于役人併八人。皆爲園城寺門徒。叡慮之所及凡夫難知云々。]次戒師從僧參三衣莒置掖机上。次戒師(三字ナシ)。上皇出御御簾外御座。次於南面御拜。[永治例云々。]次戒師着説戒座灑水。次三禮唄。次打磬表白。次請和尚文。[在答。]〔請阿闍梨文。在答。〕次御拜。先太神宮。次八幡。次鳥羽院陵。次待賢門院御墓。各向其方兩段再拜云々。[先例多召人笏。今度被用元御笏云々。]次流轉三界中頌。次髭毛爪皮文。次善哉大丈夫頌。次歸依大世尊文。次雜役僧等持参雜具御脇息。實慶法橋打敷。眞圓阿闍梨御手洗。源猷水瓶。又實慶御髪剃莒。又眞圓御湯帷御手巾等。又源猷。[已上置御座邊并打敷上。]此後雜役三人僧相替勤之。次上皇取御髪中。次剃手結分左右御髪。[用紙捻。]次令開御衣襟給。[頗袖下以御湯帷令引懸御肩上給。]次上臈剃手尊覺奉剃左御髪。下臈剃手公顯奉懸御湯。此間下臈唄師憲覺唱唄。次剃除了。左右御髪褁檀紙付札。[件札兼書儲云光能朝臣所作歟]。次下臈剃手奉剃髭鬚。[御剃髪之間。和菊奉懸之。]次法皇入簾中。脱俗服令着法衣給。次供御手水。此間僧徒撤雜具投具。御髪暫置御同厨子。次法皇取御袈裟出御。次戒師奉除周羅髪。[件周羅髪頂三五莖殘者見戒律作法云々。]次定御法名。行眞。次戒師置袈裟袖上。頌文。大哉解脱服。以御袈裟奉授法皇。以左右手令受給。次捧御袈裟一拜卽返給。戒師如此三反了。法皇令着給。[永治寛遍法眼奉結御袈裟緒。今度尊覺法印結之。]次召御念珠。[菩提子水精装束念珠。戒師被獻云々。]次遇哉値佛者偈。次奉授沙彌十戒。次説戒相。次神分。次廻向。次令授菩提戒給。被授申御法名。[行眞。]日來被案撰哉。次法皇入御簾中次戒師復本座。次巻南廂御簾。次給布施。
先戒師。
 綾被物一重。
  太政大臣取之。判官代盛隆傳之。
 布施二裹。[絹裹白布各七反。]
  民部卿光忠。治部卿光隆取之。
 布袴御装束一具。[裹白絹裹。當日着御之御装束也。脱御之後帖之裹調也。]
  皇后宮大夫實定取之。
 直衣御装束一具。[同裹。]
  權大納言隆季卿取之。
 鈍色装束一具。
  権大納言實房卿取之。
 長絹二裹。[各五疋。]綿二裹。[各百兩。]
  已上四裹權中納言邦綱以下取之。
次唄師二口。
 各綾被物一重。
  左大臣。内大臣取之。[判官代光長奉經傳奉之。]
 布施一裹。[各白布五段。]
  参議散三位取之。
 鈍色装束一具。
 長絹一裹。[五疋。]綿一裹。[五十兩]。
  已上納言已下取之。
次剃手二口。
 被物以下色目同前。
  公卿侍臣次第取之。
次事了。戒師以下退下。
此間以蔵人頭右中將實守御願逐了之由被申大内。[修理大夫奉仰。於渡殿邊仰之。]
 寛平法皇御遁世之日。以院司中納言被奏聞。萬壽上東門院御遁世日。以藏人頭被申大内。永治依吉例。以頭中將教長被申大内。今度依彼二代吉例。被用頭中將也。
次被始御逆修。
【後略】
 
**********************************************
 
底本:
『上皇御落錺部類』 所収「続群書類従 第26輯上 釈家部」(塙保己一編纂/続群書類従完成会)1926
 
[袈裟・法衣の目次]
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(まだ見てないけど)大河に傀儡がでてきたそうなので、復習で読み下し。
短いので訳も。
 
 
『傀儡子記/大江匡房
 
傀儡子は、定居無く、當家無し。穹廬氈帳し、水草を遂て以て移徒するは、頗る北狄の俗に類す。
(傀儡子は、定まった住処や、しかるべき家を持たない。天幕を張り、毛織物をとばりとし、水草を追うように移住していくことは、北狄の風俗によく似たものである。)
※穹廬氈帳(きゅうろせんちょう)穹廬は、中国北方民族のテント、ゲル(パオ)。氈は毛織物、おりかも。「漢書」鳥孫公主悲愁歌中に『穹廬爲室兮氈爲牆』とあり(西域伝/鳥孫国)。
※北狄(ほくてき)匈奴など、中国北方の異民族。
***
男は則ち皆弓馬を使ひ、狩猟を以て事と為す。或は双剣七丸を弄し、或は木人を舞はせ、桃梗を闘はせ、生人の態を能くすること、殆ど魚龍曼蜒之戯に近し。沙石を變じて金銭と為し、草木を化して鳥獸と為す。
(男は皆弓を持って馬に乗り、狩猟を行って仕事にしている。あるいは、剣舞やお手玉の技を見せる。また、木の人形を舞わせたり、操り人形を闘わせたりして、生きた人間の様子を模すことは、ほとんど、書物にある散楽の『魚龍曼蜒之戯』に近いのでは、と思われる。砂利を金銭に変えたり、草木を鳥や獣に変えもする。)
※桃梗(とうこう)邪気を払うとされる桃の枝で作った人形。(戦国策/孟嘗君將入秦『今子東國之桃木、削子為人。』)
※魚龍曼蜒(ぎょりゅうまんえん)不詳だが、水槽や龍の張子などを使った大掛かりなアトラクションだった模様。(「通典」楽典/散楽『魚龍漫衍之伎常陳於殿前』)
***
□□□女は則ち愁眉に啼くを為し、折腰の歩を粧ひて、齲齒のごとく咲ふ。朱を施し粉を傅す。倡哥淫樂し、以て妖媚を求む。父母夫誡せざるを知る。丞ち行人に逢ふと雖も、振容を嫌はず。一宵の佳會、微嬖の餘、自ずから金繍服錦、金釵鈿匣の具を献ずれば、之を異に有せざるはなし。
(女は、細く愁わしげな眉、泣き跡の残るような目元をつくり、しなしなと腰を折って歩き、物憂く微笑み、紅を差し白粉を塗って、魅惑的な歌舞戯で媚を振りまく。父母や夫が戒めないことを知っているので、行きずりの者にも愛想よく微笑んでみせる。客は一夜のこころよい酒席のあとで、想いの余りに豪華な衣装や宝飾品を贈るが、女の方では、大概のものは既に同じ品を持っている。)
※淫楽…激しいリズムや速いテンポの情熱的な音曲。礼楽思想の下ではそうした曲調は亡国の調べともみなされた。ただ、これも書を引いてのものの喩えなので、彼女らの音楽が厳密にこのようだった、というわけではないだろう。
※「…漢桓帝元嘉中、京都婦女作『愁眉』『啼粧』『墮馬髻』『折腰步』『齲齒笑』。
『愁眉」者、細而曲折。『啼粧』者、薄拭目下若啼處。『墮馬髻』者、作一邊。『折腰步』者、足不在下體。『齲齒笑』者、若齒痛、樂不欣欣。…」(「捜神記」巻六)
細く折れ曲がった眉、涙を拭ったように汚した目元、馬から落ちたように崩れた髻、足がきかないようなよろよろ歩き、虫歯の痛みを堪えるように楽しくなさそうな笑い方。
…全部実行してたら凄い事になりそうですが!ここは全体で『男心をそそるような、入念な化粧と仕草』くらいに取るのがいいかと思います。
***
一畝の田も耕さず、一枝の桑も採らずして、故に縣官にも属さず。皆土民に非じ、自ら浪人と限ず。上は王公を知らずして、傍の牧宰も怕れず。課役の無きを以て一生の樂と為す。夜は則ち百神を祭り、鼓舞喧嘩を以て福助を祈る。
(耕作も養蚕もすることはなく、その為、県官の管理を受けない。皆土地に根付いた者ではなく、自らを浪人と思い定めている。雲の上の上達部はおろか、身近な国司さえ恐れない。租税を課されない人生を幸せだと思っている。夜は多くの神を祭り、鳴り物入りで踊り騒いで、幸運を祈る。)
※牧宰(ぼくさい)国司の唐名。
***
東国は美濃参河遠江等の黨を豪貴と為し、山陽の播州、山陰の馬州土黨これに次ぐ。西海黨を下と為す。其名儡則ち小三、日百、三千載、萬歳、小君孫君等也。韓娥の塵を動かし、餘音の梁を繞るを聞かば、霑纓自ら休むこと能わず。
(東国の、美濃、三河、遠江などに威勢のある一党がおり、山陽の播磨、山陰の但馬がこれに次ぐ勢力をもっている。西海の集団はこれらよりは劣っているといわれる。
名のある傀儡子は、小三、日百、三千載、萬歳、小君、孫君などである。
彼女らの歌声は、いにしえの歌姫韓娥のごとく塵を震わせ、余韻はいつまでも梁をめぐる。それを聞く者は、思わず、冠の纓(えい)を止めどなく濡らしてしまう。)
※「又有韓娥…既而去、餘響繞梁、三日不絕。」「漢有虞公、善歌、能令梁上塵起。」(「通典」樂典/歌」)残響が梁をめぐったのは韓娥、塵を動かしたのは虞公。この故事は、「梁塵秘抄」の由来でもある。
***
今樣、古川樣、足柄片下、催馬樂、里鳥子、田哥、神哥、棹哥、辻哥。満周[ィ固]、風俗、咒師、別法士の類、勝れるを計るべからず。即ち是れ天下の一物なり。誰かは哀憐せざらん哉。
(今様、古川様、足柄片下、催馬楽、里鳥子、田歌、神歌、棹歌、辻歌、満周、風俗、咒師、別法師の類は、いずれが優れているか、はかることはできない。これらは天下に誇るべきもので、哀れと思い、いつくしまない者はない。)

(了)
 
底本:『新校羣書類從 第六巻消息部』(内外書籍株式會社)
参考:『梁塵秘抄口伝集 全訳注』(馬場光子/講談社学術文庫)

【追記】語注を入れました。
大河「平清盛」十八話も見ましたが、青墓の傀儡衆は…うーん。男の芸人さんもいて、蜻蛉返りしてた人がいたのが散楽っぽかったくらいでしょうか。あとロボットダンスくらいしか覚えてないですw
そもそも今上帝が危篤って時に不破関越えてまで美濃くんだりまで御下向の宮様とか理解の範疇越えてますが。
 
穹盧って、ゲルのことなんですけど、実際の傀儡の穹盧はどんなものだったんでしょう。
しかし、漢書とか通典とか搜神記とか、これだけ短い文章にも江帥の博覧強記ぶりがサラッとあらわれてますね。
ただ、裏を返せば『漢籍から引用した雅語を並べただけで、実はあんまり実態に則してないんじゃないか?』というきらいも…。確かに『遊女記』に比べると具体性には欠けるかなという気はしますし、色々と割り引いて考えるべきなのかも知れません。
日本書紀に見る地震の記述:初見
[允恭五年(西暦416)]秋七月丙子朔己丑、地震。
五年の秋七月(ふみづき)の丙子の朔、己丑に、地震(なゐふ)る。
 
※地震の古語は、ナ(土地)ヰ(居)フる(振る、震る)地動るとも。大地震は、おほなゐ。

日本書紀に見る地震の記述:家屋倒壊
[推古天皇、法興七年(西暦599)]
夏四月乙未朔辛酉、地動舍屋悉破。則令四方、俾祭地震神。
夏四月(うづき)の乙未の朔辛酉に、地動(なゐふ)りて舍屋(やかず)悉くに破(こほ)たれぬ。則ち四方(よも)に令(のりごと)して、地震神(なゐのかみ)を祭(いの)らしむ。
 
日本書紀に見る地震の記述:大地震と津波(白鳳南海地震)
[天武天皇、白鳳十三年(西暦684)」
壬辰、逮于人定、大地震。擧國男女叫唱、不知東西。則山崩河涌。諸國郡官舍、及百姓倉屋、寺塔神社、破壞之類、不可勝數。由是、人民及六畜、多死傷之。時伊豫湯泉、沒而不出。土左國田五十餘萬頃沒爲海。古老曰、若是地動、未曾有也。是夕、有鳴聲如鼓、聞于東方。有人曰、伊豆嶋西北二面、自然益、三百餘丈。更爲一嶋。則如鼓音者、神造是嶋響也。
 
壬辰に、人定(ゐのとき)に逮(いた)りて、大きに地震(なゐふ)る。國擧りて男女(おのこめのこ)叫び唱(よば)ひて、不知東西(まど)ひぬ。則ち山崩れ河涌く。諸國(くにぐに)の郡の官舍(つかさやかず)、及び百姓(おほみたから)の倉屋(くら)、寺塔神社(てらやしろ)、破壞(やぶ)れし類、勝(あげ)て數ふべからず。是に由りて、人民(おほみたから)及び六畜(むくさのけもの)、多(さは)に死傷(そこな)はる。
 時に伊豫湯泉(いよのゆ)、沒(うも)れて出でず。土左國の田畠五十餘萬頃(いそよろづしろあまり)沒れて海と爲る。古老の曰はく、「是(かく)の如く地動ること、未だ曾(むかし)より有らず」といふ。
是の夕(ゆふべ)に、鳴る聲(おと)有りて鼓の如くありて、東方に聞ゆ。人有りて曰はく、「伊豆嶋の西北、二面(ふたつのおもて)、自然(おのづから)に益せること、三百餘丈(みももつゑあまり)。更(また)一つの嶋と爲れり。則ち鼓の音の如くあるは、神の是の嶋を造る響なり。」といふ。


*******************************

………上記まで書いていて、途中で、
今回の東北地方太平洋沖地震が、「貞観地震型」であるというコメントを読みました。
【東北沖大地震:「阪神」の180倍規模 岩板400キロずれる - 毎日jp(毎日新聞】

そこで数代端折って、『三代実録』から貞観十一年(西暦869年)の『貞観三陸地震』に関する部分を、鳥居急ぎ抄出しました。詳細な分析・考察目的ではありませんであしからず。
 
テキストデータはこちらから頂きました:「日本古代史料本文データ」http://kodaishi-db.hp.infoseek.sk/
『三代実録』…六国史の第六。延喜1年(西暦901)成立。五〇巻。藤原時平、菅原道真、大蔵善行、三統理平らが宇多天皇の勅を受けて撰進。平安初期の清和・陽成・光孝の三代約三〇年を編年体で記録。『日本三代実録』。※『三”大”実録』は誤字です。
貞観年間は、平安初期、清和天皇の御代です。

あくまで朝廷方の記録なので、実態について詳しいことが解る訳ではありませんが
数少ない記録の一つということで。


■『三代実録』巻十六貞観十一年七月
七日癸亥。地震
 
■貞観十一年九月
七日辛酉。新撰貞觀格十二卷頒行内外。』以從五位上行左衛門權佐兼因幡權介紀朝臣春枝爲陸奧國地震使。判官一人。主典一人。
(朝廷から陸奥国へ地震使を派遣した。地震が陸奥で起こったものだと解る)
 
■貞観十一年十月
十三日丁酉。詔曰。羲農異代。未隔於憂勞。尭舜殊時。猶均於愛育。豈唯地震周日。姫文於是責躬。旱流殷年。湯帝以之罪己。朕以寡昧。欽若鴻圖。脩徳以奉靈心。莅政而從民望。思使土之内。同保福於遂生。編戸之間。共銷於非命。而恵化罔孚。至誠不感。上玄降譴。厚載虧方。如聞。陸奧國境。地震尤甚。或海水暴溢而爲患。或城宇頽壓而致殃。百姓何辜。罹斯禍毒。憮然愧懼。責深在予。今遣使者。就布恩煦。使与國司。不論民夷。勤自臨撫。既死者盡加收殯。其存者詳崇振恤。其被害太甚者。勿輸租調。鰥寡孤。窮不能自立者。在所斟量。厚宜支濟。務盡矜恤之旨。俾若朕親覿焉。
 
(十月、清和天皇の詔。甚だしい地震で海水が溢れ、城宇※を圧し潰して破壊した。民に何の罪があるというのか。禍いに苦しみ、恐怖に憮然としている。予に深い責がある※。使者を陸奥へ遣わして、民夷※を問わず慰撫させる。死者を埋葬し、生存者には見舞を出す。被害の甚だしい者は、租調税を減免する。寡婦や孤児、自立できないものに手厚い支援をする。…などとある。) 

※発掘調査などで、多賀城が津波で破壊されたということがわかっている。 
※古く東洋には、大きな天災は統治者に罪や過失のあったしるし、亡国の前兆、という考え方があった。 
※当時奥羽地方には、朝廷に服従しない蝦夷(えみし)がいた。それらをも助けよということ。 
 

日蝕。ちょっと見たけど曇っててよくわからなかった。


日本書紀の日蝕の記述で覚えがあったのだが
どうしてかというと、それが
日本初の同性愛に関する記述 ではないか
といわれているからw

 神功皇后の摂政元年、二月。新羅攻略後、クーデターを起こした忍熊王(おしくまのみこ)と争っているさなか。紀国の小竹宮(しののみや・いまの和歌山県御坊市小竹)に遷ったときのことだった。

***

この前の七草粥の時に米食について少し書いたけど
あの後、ちょっと思い出して昔の講義ノートをあさってみた。

講義ノートっていうか
講義中の落書きのまとめをファイリングしたのを見たら
あったよ、中古の食事についての調べ書き。
しかもどう考えても講義内容のノートより気合いが入っている(色分けとか)
何やってたんだ私。

折角なので少しずつまとめてみようかと。
今回は中古の米食について。

内容をまとめると、
ご飯の調理法には蒸す、炊く(煮る)、焼く、干す、などがあり
蒸す→【強飯】いまの「おこわ」
炊く(煮る)→水の分量によって【固粥/姫飯】いまの「ごはん」、【汁粥】いまの「おかゆ」
焼く→やきごめ
干す→糒(干飯)
があり、時代によって「飯」といえばこれ、というものが推移している。
あと当然【餅】も多く食べられていた。

詳細は続きへ。
from_note.jpg
内容とはさっぱり関係ないが
食物メモ付近に残されていたらくがき

…なんか疲れた時って
やたらと赤子や幼児がたくさん描いてある…

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HN:逆名[サカナ]
HP漁屋無縁堂

無駄と斑の腐渣。はぐれ腐。
らくがきと調べ物が趣味の
古典寄り歴史ヲタク。

中古日本史、東洋史、仏教史(仏教東漸期の東アジア、平安密教、仏教芸能、美術、門跡寺院制度等)、有職故実、官職制度、風俗諸相、男色史。古典文学、絵巻物、拾遺・説話物。

好きな渡来僧:婆羅門僧正菩提僊那、林邑僧仏哲
好きな法皇:宇多法皇
好きな法親王:紫金臺寺御室、北院御室
好きな平氏:重盛、経盛、敦盛
好きな法衣:裘代五条袈裟
好きな御衣:御引直衣
好きな:挿頭花と老懸を付けた巻纓冠
好きな結髪:貴種童子の下げみずら
好きな童装束:半尻、童水干
好きな幼名:真魚(空海さん)
好きな舞楽:陵王、迦陵頻、胡蝶
好きな琵琶:青山、玄象
好きな:青葉、葉二
好きな仏像:普賢・文殊(童形)はじめ菩薩以下明王、天部、飛天(瓔珞天衣持物好き)

やまとことばも漢語も好き。
活字・漫画・ゲーム等、偏食気味雑食。

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