最近、「チャーハンの修行」と称してチャーハン連続で料理さぼってたのでちょっとだけ頑張ってみる(ていうか普通に戻そうと躍起になってみる)
おとといはレバニラ炒め。
昨日はかぼちゃのそぼろ煮。
今日はゴーヤチャンプルー。豆腐は、さいの目に切るより、指やスプーンで大きめにちぎり切ってレンジ加熱→ざるにあけて水を切る→油を熱したフライパンで水気がなくなるまで炒める(炒めている内に細かくなってくる)、というのがおいしい気がします。
要するに炒り豆腐。木綿豆腐の方が好き。
肉を買わないで、ちくわ・あげを入れたり、もやしやきのこ類でボリュームアップすると安上がりだー。豆板醤と鰹節を入れるのも好き。
残りは明日、そうめん入れて炒め直し。ソーミンチャンプルー。
あと、三ヶ月で飽きるから止めなと散々言ったのに、父が「Wiiフィット買ったよ!!」と大はしゃぎで電話してきた。
…だから何だ。
しかも私が実家に帰った際には、ものすごく喜んでプレイすると思っているらしい。
…なんでだ。
どこをどう自分に優しく曲解したらそうなるんだい、ダッド。
っていうかそれはもう完全にDS脳トレは忘れてるってことだよね?それなら、私がDSかっぱらってってもいい頃合いだよね?
あー…
犬撫でたい。
で、ここからが本題でw
さっき「Google急上昇ワード」を見たら一位に【川島芳子】がランクインしてて目を疑いました…。そのちょっと下には【李香蘭】があったので、ああ歴史特番でもやったかなと思って見てみたら、やっぱりそうでしたか…。うーん、見ればよかったかな。しかし、司会にキクカワレイ(苦手)が居たのでどの道無理だったな…。
でもどんな内容だったかはちょっと気になります。
昔ならクローズアップされたのは李香蘭なのだろうけれど、今の時代には川島芳子くらいインパクトがあった方がいいんでしょうねw
でも満州国らへんやっぱりいいですよね。建国から崩壊までの一貫したぐだぐだ感がなんともいえません~。溥儀陛下の流されっぷりも素敵です…。
さて、川島芳子といえば男装の麗人。男装の麗人といえば川島芳子という図式が成り立ってしまうお方ですが、私はやはり映画『ラスト・エンペラー』が初見で、二度目に目にしたのが、1994年出版の歴史読本の別冊『日本奇書偽書異端書大鑑』に収められた「川島芳子獄中記」の記事でした。短いものですが、とても印象深くて、それ以来「川島芳子=甘粕さんとか溥儀の后妃と妖しかった人」から、「川島芳子=一人称が『僕』のお猿と一休好きの人」という認識に書き変わってしまいました(どっちもおかしいわい…)
いつか、原著を全部読んでみたいなあ、と思ってもう十数年過ぎてしまいましたね(汗)
今日の特番でこれが紹介された…か、どうかはすみません解らないのですが、上述の本がソフトカバーの別冊で古書店にしか存在しないだろうと推測されますので、Google急上昇ワード瞬間一位獲得記念としてw以下に原文・解題併せて引用し、ご紹介いたします。
以下、「つづきを読む」につづく。
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「川島芳子獄中記」
【原文】開廷の度に猿のことばかりしやべつて居ると思つて、多分死刑にしたんだらうと思ひますが、判決書の理由は、日本の大スパイで、清朝の復辟をやらかして、日本人と通じ、中国を売つたと云ふことは、想像されるから死刑だ。と云ふから、どうも有難う。私は、そんな偉い人間で御座いましたか、ちよいとすみませんね。一つ証拠を見せて下さいと云ふことになつたら、猿芝居のおはじまりとなり、猫のヘドで終わりを告げたのです。つまり全部想像で判決すると、国家の代表の法官が明言したのですから、いやはや、相変わらずにぎやかな僕の人生であります。屁一つでも、もう新聞です。此の手紙もあやしいものです。おでゞこ芝居は、昔ながらのおらが国さ、ですから、今さらおつたまげも致しません。(中略)どんなどん詰つた時でも、一休さんでした。心が澄み渡つて、鏡の様に明澄で、考へ方が全く違つて答えられるのには、自分ながら不思議な位です。
僕は一休さんが大好きですから、最後まで一休さんでした。死ぬまで、その瞬間も一休さんで居ます。
(※下線部分は、原文では傍点)
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●一休禅師にわが身をなぞらえた男装の麗人の獄中記
□作者=林杢兵衛(編)
□成立=昭和二十四年(1949)
【解題】
清朝粛親王の第十四王女・愛新覺羅顕シ[王偏+子]として生まれ、大陸に暗躍し清王朝の顧問格であった川島浪速の養女・川島芳子となった彼女は、軍服をまとった男装の麗人として日中十五年戦争の裏面を生き、東洋のマタ・ハリとも、ジャンヌ・ダルクとも、また、稀代の妖婦・淫婦とも呼ばれた。
日本敗戦、満州国崩壊によって川島芳子はとらえられ、中国人でありながら中国を敵に売った漢奸として裁かれ、昭和二十三年、銃殺刑に処せられた。しかしその罪状に関して、物証はほとんど無く、新聞・雑誌の報道、果ては彼女をモデルにした小節の記述までが有罪の根拠にあげられる状況で、中国側も、川島芳子とは何者なのか、把握していたとはいえない。
本書はその彼女の獄中および法廷での言動、書簡を通じて構成され、謎に包まれた川島芳子の実像を伝えようとする。
ここに引用したのは養父川島浪速宛の書簡だが、マタ・ハリ、ジャンヌ・ダルクとはほど遠い芳子の素顔が、また、猿を愛玩し、一休禅師に傾倒する女性という、ひときわ謎めいたものであった。
□活字本=林杢兵衛編『川島芳子獄中記』
□参考文献=村松梢風『男装の麗人』、楳本捨三『銃殺こそわが誇り』、上坂冬子『男装の麗人・川島芳子伝』
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以上、『別冊歴史読本43 日本奇書偽書異端書大鑑』(新人物往来社/1994.04.28)より。ちなみに引用記事の署名は『川崎賢子』氏となってます。参考文献等は当然1994年当時のものですのでご注意を。
死刑判決ありきで、虚構まで証拠として挙げて進められる裁判を、猿芝居と皮肉っているのですが、この時代の女性にあるまじき(笑)奔放な文体に、引きつけられるものを感じます。
いやあ、日頃から「新人物往来社と学研の歴史本はあまり参考にしたくない」と口の悪い事を言ってますがw この本だけは、買っておいて良かったと思っています。衆道文献もいくつか載ってるしw
出口王仁三郎の精神鑑定記録の後に『とはずがたり』が来たり(ジャンル別五十音順だから)書名の並びを見てるだけでもわくわくします…。