「雅亮(満佐須計)装束抄」から、みづらの結い方に言及している部分の抄出です。大分前にTwitter向けの外部テキストサービスに置きっぱなしになっていたので、此方でも公開します。
原文がほとんどかなで読みにくいので、適宜漢字に直したものをまず記し、その後に原文を置いてあります。
()内の振り仮名は底本に基づいたものと、筆者が補ったものがあります。
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満佐須計装束抄(抄出)
(巻二)
童(わらは)殿上のこと
闕腋(わきあけ)の装束(さうぞく)物具(ものゝぐ)常の如し。袍(うへのきぬ)赤色なり。常の五位の袍の赤みたる様なり。紋に葵(あふひ)常の事なり。下襲(したがさね)常の躑躅(つつじ)、表綾、裏単衣、文榮して打ちたり。中倍(なかへ)あり。半臂(はんぴ)は黒半臂、襴緒(らんを)などは羅といふものなり。
夏は薄物、常の衵(あこめ)の色心にあるべし。但し濃装束ならば、蘇芳(すはう)の衵青き単衣にて、濃き打衣(うちぎぬ)着るべし。表袴(うへのはかま)織物、上達部(かんだちめ)の装束の体なり。これは濃き装束、裏も濃し。大口(おほぐち)も濃かるべし。取り重ねて圓座(わらうだ)の上に置きて取り出(いだ)すべし。着るべき次第に置くべし。
帯、角の丸鞆(まろとも)、五位の笏(さく)、引帯、襪(したうづ)、絲鞋(しかい)、扇(あふぎ)を具すべし。淡繪(だみゑ)あり。
夏の下襲赤色、黒半臂なり。色を聴(ゆ)りたる故なり。表袴の裏、大口赤くとも苦しかるまじけれども、幼ければうち任せては濃装束なり。
装束する事は常の闕腋(わきあけ)なり。但し半臂の緒結ふべし。本(もと)を見るべし。装束して後、圓座(わらうだ)にこの兒(ちご)を据へて、びんづらを結ふべし。
揆上(かゝげ)の筥(はこ)の蓋に、挟形(はさがた)二筋(ふたすぢ)、■長さ一尺余(よ)ばかり、細さ五分ばかりに、羅を畳みて、色々の糸にて、鬘手(かづらで)に蝶小鳥(てふことり)を繍(ぬ)ひたり。色半臂の襴のき[れ]か■■紫の糸の太らかにおしよりたるが、■長さ二三尺ばかりなる三筋四筋、櫛二枚がうち、解櫛(ときぐし)一枚、平髪掻(ひらかうがい)一つ、油壺に油綿いれて、■小刀ひとつ、これらを揆上の筥の蓋に入れて、装束に具して取り出すなり。泔坏に水いれて、柳筥(やないばこ)に置きて具すべし。紙捻(かみねり)二筋。
みづらをゆふこと
まづ解櫛(ときぐし)にて、兒の髪を解きまはして、平(ひら)髪掻(かうがい)にて、分目の筋より項(おなじ)を分け下して、まづ右の髪をかみ[ひ]ねりして結ひて、左の髪をよく梳(けづ)りて、油わたつけなでなどして、髻(もとどり)をとるやうにけづりよせて、ひ■■■さきの糸を一筋とりて、その鬟(みづら)のところ、上がり下がりのほど、目と眉とのあはひに当たるほど、前後ろのよりの際(きは)、兒(ちご)の顔(かほ)の広さ細さによりて結ふべし。顔広くば前に寄せ、細くば後ろに寄すべし。但しいかさまにも耳よりは前なり。
髪のもとを五(いつ)から巻きばかり詰め結ひて、かみより下裏に、真結びに結うべし。
まづ下結びをして、髪掻(かうがい)の先を泔坏(ゆするつき)の水に濡らして、結び目を濡らして真結びにすべし。糸を伸べじ料(れう)なり。糸を切らで髪のすそをよく解き下してのち、耳の後ろの髪を、耳の後ろ隠るゝほどに、鬢幅(びんぷく)をふくらかに清(けう)らに引きて、耳を隠すべし。
次に髪の末を兒の肩の前によくよく撫で付けて、兒の胸に押し当てて、乳(ち)のほどにあたるほどをとらへて、また赤糸して三まとひばかりして、真結びに強く結いて、小刀して結び目の際より糸を切るべし。
さてその結ひたる下の髪をよくよく撫でてのち、三(み)つに分けて、三つ組みにすそまで組み下して、そのすその組み果てをかみへ引き返して、元結ひたる糸の切らで置きたるして、この組み果ての元を、元結ひたるところに真結びにしてのち、際より糸を切るべし。
いづくをも、結はんには結び目を濡らせ、糸の寛(くつろ)がぬなり。髪のすゑをば耳の上よりこして、鬢幅のうちに挟むべし。猶末出でば、首紙の内に押し入るべし。
兒幼くて髪短くば、別に付け髪といふものを、元結たる上に結ひ付けて結ふなり。その髪などをよく結い直して、落としなどすまじきなり。
次に挟形(はさがた)をとりて、この元を結ひたる上にあてて、兒の後ろに手をして挟形に結ぶ。その結ひ様かくべきにあらねば、左右の本を結ひて具したり。
まづ左を結ひてのち、圓座(わらうだ)ながら引き回して右を結ふべし。我が回るも骨(こち)無(な)ければ、この料(れう)に圓座には据うれども、君の御鬟(みづら)などに参りたらんには便(びん)なし。我回るべし。泔坏(ゆするつき)の水は、糸の結目濡らさん料なり。
次に兒を立てて、闕腋(わきあけ)の尻を掲(かか)ぐ。下襲によく重ねて乱るまじく、針に糸を付けて、上の端を所々綴ぢて背縫ひをす。そより中折(なかをり)に上へ折上(おりのぼ)せて、左の腋下より前に引きこして、後ろは兒の丈と等しきほどにて、その中程をわなに押し折りて、裾を上にて、縫目をば身の方になして、左の袂にわなを後ろへうちこして、肘の上に打ちかけたれば、尻の裾は前の方に下がりたるなり。
次に絲鞋(しかい)を履く。襪(しとうづ)を履きてその上に履くべし。陣(ぢん)を歩むほどは、履屧(くつのしき)をぬきて履くべし。絲鞋を履きては殿上へも御所へも参るなり。
左大臣どの常仰せらるなるは、内の御鬟(びんづら)は変るなり。別(べち)の事に非(あら)ず。御髪(ぐし)の末の耳に挟む所を、元巻(もとまき)の糸の上にくるくるとある限り巻き置きて、結ひ付けたるなりと仰せらるなるは、僻事(ひがごと)にやと思(おぼ)ゆ。いかに難(むづか)しげならん。
幼くおはします御髪の付髪下らば、先(せん)に結ひたる方の元結の糸を切らで、御頂(いただき)より引きこして、右の元結に結ひ付けよ。
馬に乗らせ給ふ時は、上手に尻は掻く。常の束帯の定なり。[すけゆきが手にて掻きて押したり。]
(宿直装束のこと)
宿直装束(とのゐそうぞく)と云ふは、常の衣冠(いくわん)なり。指貫下袴常の如し。その上に闕腋(わきあけ)を着て、狩衣の帯をするなり。尻の懸様(かけよう)は束帯に同じ。着前も丈と等しく着すべし。
宿直装束には、下鬟(さげびづら)とて結ふなり。事の次第は同じことなり。結う様又同じことなり。元結ひたる糸を真結びに結びて、際(きは)より剪りて中を結はず。裾を組までよくよく肩の前に髪の裾撫で下げて、紫村濃(むらさきむらご)の糸の、三作に紙縒(こおより)のほどに寄りたる、九尺ばかりあるして、元結の紫の糸の上を、諸鉤(もろかぎ)に結ふなり。その鉤は、長さは兒の乳(ち)のほどまでさがるべし。裾は膝にあたる程まであるべし。糸短くばそれより短くてあるべし。髪の末も、この糸の裾も、羂(わな)も、裏表(うらうへ)ながら肩の前より下がるべし。これも園座(わらうだ)に据えて、まづ左を結ひて廻して結ふべし。この太き糸を足津緒(あしづを)と云ふなり。斯く足津緒して結ひたる上に、うるはしき鬟(※前出の上鬟)の様に挟形を結ふ事あり。宿直装束のと思ひて、引き繕う折の事なり。
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満佐須計装束抄(抄出)
(巻二)
わらハ殿上のこと
闕腋のさうぞくものゝぐつねのごとし。うへのきぬあかいろなり。つねの五ゐのうえのきぬのあかみたるやうなり。もんにあふひつねのことなり。したがさねつねのつゝじ、おもてあや、うらひとへ、もんやうしてうちたり。中倍あり。はんぴハくろはんぴ、襴緒などハ羅といふものなり。なつハうすもの、常のあこめのいろこゝにあるべし。ただしこきさうぞくならバ、すはうのあこめあをきひとへにて、こきうちぎぬきるべし。うへのはかまおりもの、上達部のさうぞくのていなり。これハこきさうぞく、うらハこし。大口も濃かるべし。とりかさねて圓座のうへにをきてとりいだすべし。きるべきしだいにをくべし。
帯、角の丸鞆、五ゐの笏、引帯、襪、絲鞋、扇を具すべし。淡繪あり。
なつのしたがさねあかいろ、くろはんぴなり。いろをゆりたるゆへなり。
うへのはかまのうら、大口あかくともくるしかるまじけれども、おさなけれバうちまかせてハこきさうぞくなり。
さうぞくすることはつねのわきあけなり。たゞしはんぴの緒ゆふべし。本を見るべし。さうぞくしてのち、わらうだにこのちごをすへて、びんづらをゆふべし。
揆上の筥のふたに、挟形二筋、■ながさ一尺余ばかり、細さ五分ばかりに、羅をたゝみて、いろ々のいとにて、鬘手に蝶小鳥を繍ひたり。いろはんぴのらんのき(れ)か■■むらさきのいとのふとらかにおしよりたるが、■ながさ二三尺ばかりなる三すぢ四すぢ、櫛二枚がうち、解櫛一枚、平髪掻一つ、油壺に油綿いれて、■小刀ひとつ、これらをかゝけのはこのふたにいれて、さうぞくにぐしてとりいだすなり。ゆするつきに水いれて、柳筥にをきてぐすべし。紙捻ふたすぢ。
みづらをゆふこと
まづ解櫛にて、ちごのかみをときまはして、平髪掻にて、分目の筋より項をわけくだして、まづ右のかみをかみ(ひ)ねりしてゆひて、左のかみをよくけづりて、あぶらわたつけなでなどして、もとどりをとるやうにけづりよせて、ひ■■■さきのいとをひとすぢとりて、そのみづらのところ、あがりさがりのほど、めとまゆとのあはひにあたるほど、まへうしろのよりのきは、兒のかほのひろさほそさによりてゆふべし。かほひろくバまへによせ、ほそくバうしろによすべし。たゞしいかさまにもみゝよりハまへなり。
かみのもとを五から巻きバかりつめゆひて、かみよりしたうらに、まむすびにゆふべし。
まつ下結びをして、かうがいのさきをゆするつきの水にぬらして、むすびめをぬらしてまむすびにすべし。いとをのべじれうなり。糸をきらでかみのすすをよくときくだしてのち、みゝのうしろのかみを、みゝのうしろかくるゝほどに、鬢幅をふくらかに清らに引きて、みゝをかくすべし。
つぎにかみのすゑをちごのかたのまへによく々なでつけて、ちごのむねにをしあてて、乳のほどにあたるほどをとらへて、またあかいとして三まとひバかりして、まむすびにつよくゆひて、こがたなしてむすびめのきはよりいとをきるべし。さてそのゆひたるしものかみをよく々なでてのち、三つにわけて、みつぐみにすそまでくみくだして、そのすそのくみはてをかみへひきかへして、もとゆひたるいとのきらでをきたるして、このくみはてのもとを、もとゆひたるところにまむすびにしてのち、きはよりいとをきるべし。いづくをも、ゆはんにハむすびめをぬらせ、いとのくつろがぬなり。かみのすゑをバみゝのおへよりこして、びんぷくのうちにはさむべし。なをすゑいでバ、くびかみのうちにおしいるべし。ちごをさなくてかみみじかくバ、べちにつけがみといふものを、もとゆひたるうへにゆひつけてゆふなり。そのかみなどをよくゆひなどして、おとしなどすまじきなり。
つぎに挟形をとりて、このもとをゆひたるうへにあてて、ちごのうしろにてをしてはさがたにむすぶ。そのゆひやうかくべきにあらねバ、ひだり右の本をゆひてぐしたり。
まづひだりをゆひてのち、圓座ながらひきまはして右をゆふべし。わがまハるもこちなけれバ、このれうにわらうだにハすうれども、きみの御みつらなどにまいりたらんにハびんなし。われまハるべし。
泔坏の水ハ、いとのむすびめぬらさんれうなり。つぎにちごをたてて、わきあけのしりをかゝぐ。したがさねによくかさねてみだるまじく、針にいとをつけて、うへのはしをところ々とぢてせぬひをす。そより中折にかみへをりのぼせて、ひだりのわきのしたよりまへにひきこして、うしろはちごのたけとひとしきほどにて、そのなかほどをわなにをしをりて、すそをうへにて、ぬひめをバ身のかたになして、ひだりのたもとにわなをうしろへうちこして、ひぢのかみにうちかけたれバ、しりのすそハまへのかたにさがりたるなり。つぎにしかゐをはく。したうづをはきてそのうへにはくべし。陣をあゆむほどハ、履屧をぬきてはくべし。しかゐハはきてハ殿上へも御所へもまいるなり。
左大臣どのつねおほせらるなるハ、うちの御びんづらハかはるなり。べちのことにあらず。御ぐしのすゑのみゝにはさむ所を、元巻のいとのうへにくるくるとあるかぎりまきをきて、ゆひつけたるなりとおほせらるなるハ、ひがごとにやとおぼゆ。いかにむづかしげならん。をさなくおはします御gしのつけがみさがらバ、先にゆひがるかたのもとゆひのいとをきらで、御いたゞきよりひきこして、右のもとゆひにゆひつけよ。
馬に乗らせ給ときは、うはてにしりハかく。つねのそくたいの定なり。[すけゆきがてにてかきておしたり。]
とのゐそうぞくといふハ。つねの衣冠なり。さしぬきしたのはかまつねのごとし。そのうへにわきあけをきて、かりぎぬのをびをするなり。しりのかけようハそくたいにおなじ。きまへもたけとひとしくきすべし。
とのゐそうぞくにハ、さけびづらとてゆふなり。ことのしだいハおなじことなり。ゆふやう又おなじことなり。もとゆひたるいとをまむすびにむすびて、きハよりきりてなかをゆはず。すそをくまでよく々肩のまへにかみのすそなでさげて、紫村濃のいとの、みつくりにこおよりのほどによりたる、九尺ばかりあるして、もとゆひのむらさきの糸のうへを、もろかぎにゆふなり。そのかぎハ、ながさハちごの乳のほどまでさがるべし。すそハひざにあたるほどまであるべし。いとみじかくバそれよりみじかくてあるべし。かみのすゑも、このいとのすそも、わなも、うらうへながらかたのまへよりさがるべし。これもわらうだにすへて、まづひだりをゆひてまハしてゆふべし。このふときいとをあしづをといふなり。かくあしづをしてゆひたるうへに、うるはしきびづらのやうにはさがたをゆふことあり。とのゐそうぞくのとおもひて、ひきつくらうおりの事なり。
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底本:「新校群書類従 第五巻装束部(一)」(内外株式會社)所収『満佐須計装束抄』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879736/315 (NDL)
原文がほとんどかなで読みにくいので、適宜漢字に直したものをまず記し、その後に原文を置いてあります。
()内の振り仮名は底本に基づいたものと、筆者が補ったものがあります。
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満佐須計装束抄(抄出)
(巻二)
童(わらは)殿上のこと
闕腋(わきあけ)の装束(さうぞく)物具(ものゝぐ)常の如し。袍(うへのきぬ)赤色なり。常の五位の袍の赤みたる様なり。紋に葵(あふひ)常の事なり。下襲(したがさね)常の躑躅(つつじ)、表綾、裏単衣、文榮して打ちたり。中倍(なかへ)あり。半臂(はんぴ)は黒半臂、襴緒(らんを)などは羅といふものなり。
夏は薄物、常の衵(あこめ)の色心にあるべし。但し濃装束ならば、蘇芳(すはう)の衵青き単衣にて、濃き打衣(うちぎぬ)着るべし。表袴(うへのはかま)織物、上達部(かんだちめ)の装束の体なり。これは濃き装束、裏も濃し。大口(おほぐち)も濃かるべし。取り重ねて圓座(わらうだ)の上に置きて取り出(いだ)すべし。着るべき次第に置くべし。
帯、角の丸鞆(まろとも)、五位の笏(さく)、引帯、襪(したうづ)、絲鞋(しかい)、扇(あふぎ)を具すべし。淡繪(だみゑ)あり。
夏の下襲赤色、黒半臂なり。色を聴(ゆ)りたる故なり。表袴の裏、大口赤くとも苦しかるまじけれども、幼ければうち任せては濃装束なり。
装束する事は常の闕腋(わきあけ)なり。但し半臂の緒結ふべし。本(もと)を見るべし。装束して後、圓座(わらうだ)にこの兒(ちご)を据へて、びんづらを結ふべし。
揆上(かゝげ)の筥(はこ)の蓋に、挟形(はさがた)二筋(ふたすぢ)、■長さ一尺余(よ)ばかり、細さ五分ばかりに、羅を畳みて、色々の糸にて、鬘手(かづらで)に蝶小鳥(てふことり)を繍(ぬ)ひたり。色半臂の襴のき[れ]か■■紫の糸の太らかにおしよりたるが、■長さ二三尺ばかりなる三筋四筋、櫛二枚がうち、解櫛(ときぐし)一枚、平髪掻(ひらかうがい)一つ、油壺に油綿いれて、■小刀ひとつ、これらを揆上の筥の蓋に入れて、装束に具して取り出すなり。泔坏に水いれて、柳筥(やないばこ)に置きて具すべし。紙捻(かみねり)二筋。
みづらをゆふこと
まづ解櫛(ときぐし)にて、兒の髪を解きまはして、平(ひら)髪掻(かうがい)にて、分目の筋より項(おなじ)を分け下して、まづ右の髪をかみ[ひ]ねりして結ひて、左の髪をよく梳(けづ)りて、油わたつけなでなどして、髻(もとどり)をとるやうにけづりよせて、ひ■■■さきの糸を一筋とりて、その鬟(みづら)のところ、上がり下がりのほど、目と眉とのあはひに当たるほど、前後ろのよりの際(きは)、兒(ちご)の顔(かほ)の広さ細さによりて結ふべし。顔広くば前に寄せ、細くば後ろに寄すべし。但しいかさまにも耳よりは前なり。
髪のもとを五(いつ)から巻きばかり詰め結ひて、かみより下裏に、真結びに結うべし。
まづ下結びをして、髪掻(かうがい)の先を泔坏(ゆするつき)の水に濡らして、結び目を濡らして真結びにすべし。糸を伸べじ料(れう)なり。糸を切らで髪のすそをよく解き下してのち、耳の後ろの髪を、耳の後ろ隠るゝほどに、鬢幅(びんぷく)をふくらかに清(けう)らに引きて、耳を隠すべし。
次に髪の末を兒の肩の前によくよく撫で付けて、兒の胸に押し当てて、乳(ち)のほどにあたるほどをとらへて、また赤糸して三まとひばかりして、真結びに強く結いて、小刀して結び目の際より糸を切るべし。
さてその結ひたる下の髪をよくよく撫でてのち、三(み)つに分けて、三つ組みにすそまで組み下して、そのすその組み果てをかみへ引き返して、元結ひたる糸の切らで置きたるして、この組み果ての元を、元結ひたるところに真結びにしてのち、際より糸を切るべし。
いづくをも、結はんには結び目を濡らせ、糸の寛(くつろ)がぬなり。髪のすゑをば耳の上よりこして、鬢幅のうちに挟むべし。猶末出でば、首紙の内に押し入るべし。
兒幼くて髪短くば、別に付け髪といふものを、元結たる上に結ひ付けて結ふなり。その髪などをよく結い直して、落としなどすまじきなり。
次に挟形(はさがた)をとりて、この元を結ひたる上にあてて、兒の後ろに手をして挟形に結ぶ。その結ひ様かくべきにあらねば、左右の本を結ひて具したり。
まづ左を結ひてのち、圓座(わらうだ)ながら引き回して右を結ふべし。我が回るも骨(こち)無(な)ければ、この料(れう)に圓座には据うれども、君の御鬟(みづら)などに参りたらんには便(びん)なし。我回るべし。泔坏(ゆするつき)の水は、糸の結目濡らさん料なり。
次に兒を立てて、闕腋(わきあけ)の尻を掲(かか)ぐ。下襲によく重ねて乱るまじく、針に糸を付けて、上の端を所々綴ぢて背縫ひをす。そより中折(なかをり)に上へ折上(おりのぼ)せて、左の腋下より前に引きこして、後ろは兒の丈と等しきほどにて、その中程をわなに押し折りて、裾を上にて、縫目をば身の方になして、左の袂にわなを後ろへうちこして、肘の上に打ちかけたれば、尻の裾は前の方に下がりたるなり。
次に絲鞋(しかい)を履く。襪(しとうづ)を履きてその上に履くべし。陣(ぢん)を歩むほどは、履屧(くつのしき)をぬきて履くべし。絲鞋を履きては殿上へも御所へも参るなり。
左大臣どの常仰せらるなるは、内の御鬟(びんづら)は変るなり。別(べち)の事に非(あら)ず。御髪(ぐし)の末の耳に挟む所を、元巻(もとまき)の糸の上にくるくるとある限り巻き置きて、結ひ付けたるなりと仰せらるなるは、僻事(ひがごと)にやと思(おぼ)ゆ。いかに難(むづか)しげならん。
幼くおはします御髪の付髪下らば、先(せん)に結ひたる方の元結の糸を切らで、御頂(いただき)より引きこして、右の元結に結ひ付けよ。
馬に乗らせ給ふ時は、上手に尻は掻く。常の束帯の定なり。[すけゆきが手にて掻きて押したり。]
(宿直装束のこと)
宿直装束(とのゐそうぞく)と云ふは、常の衣冠(いくわん)なり。指貫下袴常の如し。その上に闕腋(わきあけ)を着て、狩衣の帯をするなり。尻の懸様(かけよう)は束帯に同じ。着前も丈と等しく着すべし。
宿直装束には、下鬟(さげびづら)とて結ふなり。事の次第は同じことなり。結う様又同じことなり。元結ひたる糸を真結びに結びて、際(きは)より剪りて中を結はず。裾を組までよくよく肩の前に髪の裾撫で下げて、紫村濃(むらさきむらご)の糸の、三作に紙縒(こおより)のほどに寄りたる、九尺ばかりあるして、元結の紫の糸の上を、諸鉤(もろかぎ)に結ふなり。その鉤は、長さは兒の乳(ち)のほどまでさがるべし。裾は膝にあたる程まであるべし。糸短くばそれより短くてあるべし。髪の末も、この糸の裾も、羂(わな)も、裏表(うらうへ)ながら肩の前より下がるべし。これも園座(わらうだ)に据えて、まづ左を結ひて廻して結ふべし。この太き糸を足津緒(あしづを)と云ふなり。斯く足津緒して結ひたる上に、うるはしき鬟(※前出の上鬟)の様に挟形を結ふ事あり。宿直装束のと思ひて、引き繕う折の事なり。
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満佐須計装束抄(抄出)
(巻二)
わらハ殿上のこと
闕腋のさうぞくものゝぐつねのごとし。うへのきぬあかいろなり。つねの五ゐのうえのきぬのあかみたるやうなり。もんにあふひつねのことなり。したがさねつねのつゝじ、おもてあや、うらひとへ、もんやうしてうちたり。中倍あり。はんぴハくろはんぴ、襴緒などハ羅といふものなり。なつハうすもの、常のあこめのいろこゝにあるべし。ただしこきさうぞくならバ、すはうのあこめあをきひとへにて、こきうちぎぬきるべし。うへのはかまおりもの、上達部のさうぞくのていなり。これハこきさうぞく、うらハこし。大口も濃かるべし。とりかさねて圓座のうへにをきてとりいだすべし。きるべきしだいにをくべし。
帯、角の丸鞆、五ゐの笏、引帯、襪、絲鞋、扇を具すべし。淡繪あり。
なつのしたがさねあかいろ、くろはんぴなり。いろをゆりたるゆへなり。
うへのはかまのうら、大口あかくともくるしかるまじけれども、おさなけれバうちまかせてハこきさうぞくなり。
さうぞくすることはつねのわきあけなり。たゞしはんぴの緒ゆふべし。本を見るべし。さうぞくしてのち、わらうだにこのちごをすへて、びんづらをゆふべし。
揆上の筥のふたに、挟形二筋、■ながさ一尺余ばかり、細さ五分ばかりに、羅をたゝみて、いろ々のいとにて、鬘手に蝶小鳥を繍ひたり。いろはんぴのらんのき(れ)か■■むらさきのいとのふとらかにおしよりたるが、■ながさ二三尺ばかりなる三すぢ四すぢ、櫛二枚がうち、解櫛一枚、平髪掻一つ、油壺に油綿いれて、■小刀ひとつ、これらをかゝけのはこのふたにいれて、さうぞくにぐしてとりいだすなり。ゆするつきに水いれて、柳筥にをきてぐすべし。紙捻ふたすぢ。
みづらをゆふこと
まづ解櫛にて、ちごのかみをときまはして、平髪掻にて、分目の筋より項をわけくだして、まづ右のかみをかみ(ひ)ねりしてゆひて、左のかみをよくけづりて、あぶらわたつけなでなどして、もとどりをとるやうにけづりよせて、ひ■■■さきのいとをひとすぢとりて、そのみづらのところ、あがりさがりのほど、めとまゆとのあはひにあたるほど、まへうしろのよりのきは、兒のかほのひろさほそさによりてゆふべし。かほひろくバまへによせ、ほそくバうしろによすべし。たゞしいかさまにもみゝよりハまへなり。
かみのもとを五から巻きバかりつめゆひて、かみよりしたうらに、まむすびにゆふべし。
まつ下結びをして、かうがいのさきをゆするつきの水にぬらして、むすびめをぬらしてまむすびにすべし。いとをのべじれうなり。糸をきらでかみのすすをよくときくだしてのち、みゝのうしろのかみを、みゝのうしろかくるゝほどに、鬢幅をふくらかに清らに引きて、みゝをかくすべし。
つぎにかみのすゑをちごのかたのまへによく々なでつけて、ちごのむねにをしあてて、乳のほどにあたるほどをとらへて、またあかいとして三まとひバかりして、まむすびにつよくゆひて、こがたなしてむすびめのきはよりいとをきるべし。さてそのゆひたるしものかみをよく々なでてのち、三つにわけて、みつぐみにすそまでくみくだして、そのすそのくみはてをかみへひきかへして、もとゆひたるいとのきらでをきたるして、このくみはてのもとを、もとゆひたるところにまむすびにしてのち、きはよりいとをきるべし。いづくをも、ゆはんにハむすびめをぬらせ、いとのくつろがぬなり。かみのすゑをバみゝのおへよりこして、びんぷくのうちにはさむべし。なをすゑいでバ、くびかみのうちにおしいるべし。ちごをさなくてかみみじかくバ、べちにつけがみといふものを、もとゆひたるうへにゆひつけてゆふなり。そのかみなどをよくゆひなどして、おとしなどすまじきなり。
つぎに挟形をとりて、このもとをゆひたるうへにあてて、ちごのうしろにてをしてはさがたにむすぶ。そのゆひやうかくべきにあらねバ、ひだり右の本をゆひてぐしたり。
まづひだりをゆひてのち、圓座ながらひきまはして右をゆふべし。わがまハるもこちなけれバ、このれうにわらうだにハすうれども、きみの御みつらなどにまいりたらんにハびんなし。われまハるべし。
泔坏の水ハ、いとのむすびめぬらさんれうなり。つぎにちごをたてて、わきあけのしりをかゝぐ。したがさねによくかさねてみだるまじく、針にいとをつけて、うへのはしをところ々とぢてせぬひをす。そより中折にかみへをりのぼせて、ひだりのわきのしたよりまへにひきこして、うしろはちごのたけとひとしきほどにて、そのなかほどをわなにをしをりて、すそをうへにて、ぬひめをバ身のかたになして、ひだりのたもとにわなをうしろへうちこして、ひぢのかみにうちかけたれバ、しりのすそハまへのかたにさがりたるなり。つぎにしかゐをはく。したうづをはきてそのうへにはくべし。陣をあゆむほどハ、履屧をぬきてはくべし。しかゐハはきてハ殿上へも御所へもまいるなり。
左大臣どのつねおほせらるなるハ、うちの御びんづらハかはるなり。べちのことにあらず。御ぐしのすゑのみゝにはさむ所を、元巻のいとのうへにくるくるとあるかぎりまきをきて、ゆひつけたるなりとおほせらるなるハ、ひがごとにやとおぼゆ。いかにむづかしげならん。をさなくおはします御gしのつけがみさがらバ、先にゆひがるかたのもとゆひのいとをきらで、御いたゞきよりひきこして、右のもとゆひにゆひつけよ。
馬に乗らせ給ときは、うはてにしりハかく。つねのそくたいの定なり。[すけゆきがてにてかきておしたり。]
とのゐそうぞくといふハ。つねの衣冠なり。さしぬきしたのはかまつねのごとし。そのうへにわきあけをきて、かりぎぬのをびをするなり。しりのかけようハそくたいにおなじ。きまへもたけとひとしくきすべし。
とのゐそうぞくにハ、さけびづらとてゆふなり。ことのしだいハおなじことなり。ゆふやう又おなじことなり。もとゆひたるいとをまむすびにむすびて、きハよりきりてなかをゆはず。すそをくまでよく々肩のまへにかみのすそなでさげて、紫村濃のいとの、みつくりにこおよりのほどによりたる、九尺ばかりあるして、もとゆひのむらさきの糸のうへを、もろかぎにゆふなり。そのかぎハ、ながさハちごの乳のほどまでさがるべし。すそハひざにあたるほどまであるべし。いとみじかくバそれよりみじかくてあるべし。かみのすゑも、このいとのすそも、わなも、うらうへながらかたのまへよりさがるべし。これもわらうだにすへて、まづひだりをゆひてまハしてゆふべし。このふときいとをあしづをといふなり。かくあしづをしてゆひたるうへに、うるはしきびづらのやうにはさがたをゆふことあり。とのゐそうぞくのとおもひて、ひきつくらうおりの事なり。
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底本:「新校群書類従 第五巻装束部(一)」(内外株式會社)所収『満佐須計装束抄』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1879736/315 (NDL)
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